インテリアデザイナー竹内三ツ木の 知ったかぶり
  
  
Vol.102
木について(2) 
 木はもちろん植物である以上花を咲かせ実を実らせ種を作ります。その種は風や鳥に運ばれて大地に蒔かれ芽を出します。どんな大樹も一粒の種から生まれます。自然の中では大きな木から採れた種は一地域に多く蒔かれる事が多くなります。木は植物であっても発芽したその日から、同じ仲間や他の植物達との間で凄まじい生存競争が始まるのです。大地に落とされた種は同じ季節に一斉に発芽し”たね”自体の栄養分を使い切る頃には地中に根を張り栄養分を採り始めます。栄養分は地中だけでなく地上の空気や太陽光からも採ります。そのため発芽した芽は一日も早く、少しでも大きく葉を広げ、上へ上へとのび続けようとします。他の木より少しでも上に出れば、それだけ多くの太陽光に恵まれます。自然落下などの場合は同種類の仲間が多く、同じくらいの背丈の木々は身を寄せ合って風雨や雪など自然の猛威や動物達から身を守り生きて行きます。他の植物とは言っても近くに在るのは一年草の草花が多いので、春に一緒に芽が出ても成長が早く、多年性の木は追いつけません。しかし秋になると草花は枯れ、木は冬でも少しずつ成長するので翌年の春には少し優位な立場からの競争になります。この様な競争を繰り返して木達は逞しく成長し、若木の林をつくります。

 しかし、いくら同種の木であっても何年か経つと、その成長に差が現れます。一葉分だけでも上へ伸びた木はその分だけ太陽光を多く浴び優位になり、一旦優位に立った木は益々成長が早くなり、何年か経つと他の仲間とは親子ほど背丈が違ってきます。 一方、劣勢になった木達は高く伸びた仲間の葉に遮られ益々太陽の恵みは少なくなり、日陰で生きなくてはいけません。この日陰の仲間達の間では、又それなりの競争が起こります。身を寄せ合っていた頃が懐かしいです。こうして陽に当たる者と日陰で生きる者と、様々な木達の一生があります。

 これは我々人間達の一生に良く似ております。同期入社の新入社員達は情報を提供しあったりかばい合ったりと厚い友情で結ばれたかに見えますが、何年か経って誰か一人が課長になり、部長になったりするうちに、いつしか友情は足の引っ張り合いに変わり、出世し始めた人は益々脚光を浴び、やがて重役へと伸び続けます。その一方で大多数の人が平社員のまま定年を迎えます。

 では、高く高くのび大樹になった木の一生は幸せで、日陰で一生を終えた木たちは不幸かと 言うと、かならずしもそう言う訳ではないのです。大樹は風当たりも強く、日陰の木達は「寄らば大樹のかげ」の言葉のとおり風当たりも弱く、それぞれの木たちはそれなりに幸せな一生を過ごしたと言えるかもしれません。

 そう、人間のサラリーマン達がそうであるように。
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