インテリアデザイナー 竹内三ツ木の   おすすめ美術館

Vol.304  

オルセー美術館(1)  パリ

 芸術の都パリには当然、美術館も数多くある。セーヌ河を挟んで、ルーブル美術館の対岸にある、オルセー美術館は、鉄道の駅舎として1900年に建設され、その後駅舎として使われていたが、鉄道の廃線により、1986年美術館として改修された。正面入り口の大時計や、メイン通路吹抜のドーム型光天井など、駅舎としての面影も残り、長時間いてもくつろげる美術館である。
印象派はもちろん、19世紀のあらゆる美術品の他、建築物の模型等も展示されている。
オペラ座の模型や、その近辺の街並みを復元し、ガラス張りの床下にはめ込んだ模型などは興味深い。


Dejeuner sur I'herbe


OLYMPIA
 中世ルネッサンス芸術から脈々と続く伝統を重んじる保守的な考えから、印象派へ、やがて後期印象派へと、絵画に対する考え方の変化に、その時代、時代の画家達は大きな挑戦や冒険を繰り返してきた。
  その点で、エドゥワール::マネの果たした役割は大きい。
  彼は、1832年パリに生まれる。18歳の時、海軍兵学校の試験に落第し、画家を志す。トマ:クーチェールに師事して画風の基礎を造る。その後、ヨーロッパ各地をスケッチ旅行し、彼の画風はさらに形成されて行く。
  1863年「草上の昼食」を、1965年には「オランピア」を発表するが、この作品は女性の裸体のために世の多くの非難を浴びる。
それまでも西洋絵画で、女性のヌードは数多く登場しているが、それは、神話の中の女神や歴史画で想像の中のみでの事で、それは丹念に塗り込められ、肌は出来る限り滑らかに描き出されていたのである。現実の肉体の生生しさを表現した彼のこの二点の発表は、当時の一大スキャンダルであった。
  しかし、彼を慕う若い画家達、ピサロ、ドガ、モネ等が後に続き、やがて印象派運動が起きる。しかしマネは直接それに参加する事は生涯無かった。

1983年パリ歿。

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